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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)3131号 判決

控訴人(原告) 金田伶子 外七名

被控訴人(被告) タケダシステム株式会社

主文

本件控訴及び控訴人らの当審における拡張請求をいずれも棄却する。

当審及び上告審における訴訟費用はいずれも控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人らに対し、それぞれ別紙1の請求額一覧表中合計額欄記載の各金員及びそのうち同表〈1〉欄記載の各金員に対する昭和五一年一一月一三日から、同表〈2〉欄記載の各金員に対する昭和五九年三月二日から、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。(同表〈2〉欄記載の各金員の支払請求及びこれに対する附帯請求は、当審における拡張請求。)

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、補正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1  原判決四丁表八行目の「昭和四四年」を「昭和四一年八月一日」に、同九行目の「昭和四五年」を「昭和四三年一二月二〇日」に、同七丁表九行目の「別紙未払賃金一覧表」を「別紙2及び同3(本控訴審判決添付)の未払賃金一覧表(一)及び(二)」に、同丁裏四行目の「第一審判決送達の日の翌日」を「控訴の趣旨一の2に掲げる各日」に、同六行目の「求め、」を「求める。」にそれぞれ改め、同行の「並びに」から同九行目」までを削る。

2  同八丁表三行目冒頭の「三」の次に「同三1の事実のうち、被控訴人は、理化学機器の製造販売を行うタケダ理研から応用機器部門を分離し昭和四六年六月に設立されたものであること、タケダ理研からは、タケダエレクトロンが昭和四一年八月一日に、アイ・テイ・アールが昭和四三年一二月二〇日にそれぞれ分離設立されたことは認める。」を加える。

3  同八丁裏一行目の「同五の事実は認める。」を「同五の事実は別紙4(本控訴審判決添付)に記載の限度で認め、その余は争う。その違いは別紙5(前同)に記載のとおりである。」に改め、同二行目から五行目までを削る。

4  同九丁表五行目の「また、」の次に「全員が」を付加し、六行目の「者が殆んど全員である」を削る。

5  同九丁表の末行を全部削り、同丁裏七、八行目の「別表(一)、(二)の1ないし9」を「別紙6、7」に改める。

6  同一一丁裏一〇行目の「子供の有無、」の次に「控訴人篠田、同大野を除いた他の控訴人らの担当業務、」を付加し、同一二丁表二行目の「殆んど」を削る。

二  当審における主張

(被控訴人)

1 (一) 昭和四八年頃、オールタケダのうちタケダ理研と被控訴会社においては、生理休暇は年二四日有給で、一〇〇パーセント生理休暇補償(手当)が支給されていたが、生理休暇の取得率はタケダ理研が全国平均に近い一六パーセントであるのに対し、被控訴会社は一〇〇パーセントであり、また、タケダエレクトロンとアイ・テイ・アールにおいては生理休暇はいずれも無給とされていたうえ取得率も五パーセントであつた。

(二) 右の不公平を是正すべく被控訴会社は、全金タケダシステム支部(以下単に「組合」ともいう。)に対し、昭和四八年一一月初め、生理休暇をとらない者に手当を与えるという提案をしたが、これは違法とわかつたので撤回した。

(三) ところで、昭和四八年一一月、オールタケダの四社は各組合から昭和四九年度の賃金について三二パーセント以上のベースアップの申入れを受けていたので、右四社は各組合に対し、前記生理休暇の取得状況に鑑み、平均三二パーセントのベースアップを認める代りに、就業規則の生理休暇規定を「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。このうち月二日を限度とし、一日につき基本給一日分の六八パーセントを補償する。」と変更する旨の申入れをしたところ、被控訴会社を除く他の三社の組合は右の申入れを承諾した(なお、その頃、タケダエレクトロンとアイ・テイ・アールの各組合は各会社に対し、生理休暇補償についてオールタケダの他の二社並みに有給として欲しい旨の申入れをしていた。)が、被控訴会社の組合はこれを承諾せず、その後の度重なる団体交渉にも拘わらず合意に至らなかつた。

そこで、被控訴会社は、平均三〇・三パーセントの賃金増額のみを合意内容とする協定書を組合との間で取り交わしたうえこれを実行し、更に、同年一二月一六日就業規則を前記のとおりに変更し、昭和四九年一月二三日組合の意見をきいたうえ労働基準監督署に届け出た。

(四) 右就業規則の変更が、旧規定の年間二四日とあるのを月二日と改めたのは、生理休暇取得日数を毎月確認するための事務処理上の要請によるものである。

(五) なお、控訴人らが生理休暇を濫用していたことは、次の事実からも明らかである。

すなわち、旧規定(新規定においても同様である。)二三条の「生理休暇」は労働基準法六七条にいう「生理休暇」と同義であつて、これは「生理日の就業が著しく困難な女子」又は「生理に有害な業務に従事する女子」が請求することのできるものであり、本件においては、控訴人らは右にいう「生理に有害な業務に従事する女子」ではないから、「生理日の就業が著しく困難な女子」しか請求できないものである。ましてや旧規定においては、労働基準法六七条以上に労働者を保護していたのであるから、右「生理日の就業が著しく困難な女子」という要件は厳格でなければならない。ところが、控訴人らは、旧規定における生理休暇の取得については、同条所定の二つの要件は必要とされていない旨主張しており、このことは、控訴人らは右二つの要件が備わつていないときでも生理休暇を取得していたことを自認しているものであり、生理休暇取得の濫用を物語るものというべきである。

2 控訴人らは昭和四九年四月五日本件訴えを提起して同年一月から三月までの賃金カツト分を未払賃金として請求し、次いで、昭和五一年六月一〇日請求の趣旨を拡張して同年五月までの賃金カツト分を請求し、更に、昭和五九年三月一日再度請求の趣旨を拡張して同年二月までの賃金カツト分につき請求しているが、賃金請求権の消滅時効は二年であるから、仮に本件賃金カツトが無効であるとしても、右第一次請求の趣旨拡張の日までに二年を経過した昭和四九年四、五月の賃金カツト分及び右第二次請求の趣旨拡張の日までに二年を経過した昭和五一年六月から昭和五七年二月までの賃金カツト分についての賃金請求権はいずれも時効により消滅した。

被控訴人は本訴において右の時効を援用する。

(控訴人ら)

1 (一) 右主張1(一)のうち、オールタケダのうち被控訴会社を除く他の三社における生理休暇の取得率は不知、その余の事実は認める。

(二) 同1(二)の事実は認める。

(三) 同1(三)のうち、組合の意見をきいたとの点及び被控訴会社と組合との間で度重なる団体交渉が行われたとの点は否認し、届出の点は不知、その余の事実は認める。

(四) 同1(四)は不知。

(五) 同1(五)のうち、控訴人らが被控訴人主張のような主張をしていることは認めるが、その余は争う。旧規定による生理休暇の取得について労働基準法六七条所定の二つの要件が必要であるとしても、控訴人らの生理時の症状は重く、生理時に就業するのは困難であり、また、控訴人らは生理でない時に生理休暇を取得してはいないから、その取得につき濫用はない。

2 同2は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因一項のうち、控訴人らが組合員であるとの点を除くその余の事実(被控訴会社は、電子応用測定器及び測定装置並びに電気理化学機械及び装置の製造販売を業とし、肩書地に本店を、埼玉県和光市に工場を置き、従業員四六名を雇用する株式会社であり、控訴人らはいずれも昭和四九年一月二三日より前から被控訴会社の右工場に勤務する女子従業員であること)は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、控訴人らはいずれも全金東京地方本部タケダシステム支部の組合員である(但し、控訴人原田は昭和五二年一二月一五日、同吉田は昭和五一年九月三〇日それぞれ被控訴会社を退職した。)ことが認められる。

二  請求原因二項の事実(被控訴会社においては、昭和四九年一月二三日より前には就業規則二三条に「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち年間二四日を有給とする。」との旧規定があり、右日数の生理休暇については一日につき基本給一日分の一〇〇パーセントが支給されていたこと、ところが、被控訴会社は同日これを「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち月二日を限度とし、一日につき基本給一日分の六八パーセントを補償する。」と変更し(新規定)、同年一月から新規定を適用し、女子従業員の生理休暇利用に対し休業一日につき基本給の三二パーセント及び一か月三日以上の利用者に対しては三日目から一〇〇パーセントの減額をしてきていること)は当事者間に争いがない。

三  控訴人らは、本件就業規則の変更が、被控訴会社と組合との間の労働協約に違反するから、組合員たる控訴人らに対してはその効力を及ぼさないと主張するが、右主張は理由がないと判断する。その理由については、原判決が説示するところ(原判決一三丁表九行目から同一六丁裏五行目まで)と同一であるから、これを引用する(但し、原判決一三丁裏一行目の「なお」を削り、同二行目の「昭和四四年」を「昭和四一年八月一日」に、同三行目の「昭和四五年」を「昭和四三年一二月二〇日」に改め、同四行目の「は被告の明らかに争わないところであり」を削り、同九行目の「証人水谷速雄、同中山允宏」を「原審及び当審証人水谷速雄、原審証人中山允宏」に、同一四丁裏七行目の「証人水谷速雄」を「原審証人水谷速雄」に、同一五丁裏三行目の「同水谷速雄」を「原審及び当審証人水谷速雄」に改め、同一六丁表二行目の「証人水谷速雄、同鎌野泰彦の証言によれば、」を削り、同六行目の「が認められるが」を「は当事者間に争いがないが」に改める。)。

四  ところで、新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないが、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由としてその適用を拒むことは許されないと解するのが相当である(本件上告審判決及び最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁参照)。したがつて、本件就業規則の変更が控訴人らにとつて不利益なものであるとしても、右変更が合理的なものであれば、控訴人らにおいて、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないというべきである。

1  そこで、まず本件就業規則の変更が控訴人らにとつて不利益なものであるかどうかについて検討するに、前記のとおり、「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち年間二四日を有給とする。」との旧規定から、「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち月二日を限度とし、一日につき基本給一日分の六八パーセントを補償する。」との新規定へと変更されたのであり、旧規定の下で実際には右の「有給」の内容として基本給一日分の一〇〇パーセントが補償されていたのであるから、本件就業規則の変更は、有給とされる生理休暇一日についての補償が基本給一日分の六八パーセントに減じられた点及び新規定の下では年間を通じて二四日以内であつても月間二日を超える生理休暇については無給とされる点において、控訴人らに不利益をもたらすものと認められる。

2  そこで、次に、本件就業規則の変更が合理的なものであるか否かについて検討するに、その判断をするに当たつては、変更の内容及び必要性の両面からの考察が要求され、右変更により従業員の被る不利益の程度、右変更との関連の下に行われた賃金の改善状況のほか、被控訴人主張のように、旧規定の下において有給生理休暇の取得について濫用があり、社内規律の保持及び従業員の公平な処遇のため右変更が必要であつたか否かを検討し、更には労働組合との交渉の経過、他の従業員の対応、関連会社の取扱い等の諸事情を総合考案する必要がある(本件上告審判決参照)。

(一)  従業員の被る不利益の程度

まず、本件就業規則の変更により、有給とされる生理休暇一日についての補償が基本給一日分の六八パーセントに減じられたことは、基本給との比率でみる限りそれだけ従業員にとつて不利益であるが、反面、旧規定の下では、実際上基本給の一〇〇パーセントが補償されていたものの、規定自体は単に「有給とする。」と定めていたにすぎないから、補償の内容が規則上明文化された点は従業員にとつて利益ということができる。

次に、有給とされる生理休暇の日数が年二四日から月二日に変更された点について検討するに、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八一号証、当審証人武村晴正の証言により成立の認められる甲第三二号証、第三三号証及び右証言によれば、女子の生理の周期はおおよそ二五日ないし三五日と個人差があり、周期が最も安定するのはほぼ二五歳から三五歳までの期間であるが、同じ人でも生理の周期や生理時の心身の状況が必ずしも一定しているものではないことが認められるから、そのような必ずしも一定しない生理の周期や生理時の状況に応じて各人が年間二四日の範囲内で適宜有給生理休暇を取得しうる旧規定と比較して、月間二日という枠の中でしか有給生理休暇を取得しえない新規定の方が従業員にとつて不利であることは否定しえないところである。しかしながら、新規定の月二日の有給休暇では不足であるという場合の多くは、毎回の生理における就業困難な日数が二日を超えるとか、あるいはそうでなくても、生理が頻繁で、毎月一回に止まらず二回以上の生理を迎える月もある女子の場合であつて、そのような女子にとつては、旧規定の年二四日の有給休暇でも不足であつたはずであるから、規定の変更がさしたる不利益を及ぼすものとはいい難い。前にも述べたように、実際に不利益が生ずるのは、生理の周期が非常に不安定であつて、生理時における心身の状況も一様ではなく、月二日を超える生理休暇を必要とする月もあれば、月一日の休暇で足りる(あるいは全く必要としない)月もあるというような、かなり例外的な場合に限定されるのであつて、要するに、有給生理休暇の取得が誠実に行われる限り、年二四回から月二回への規定の変更が従業員にもたらす実際上の不利益は僅少であるということができる。

(二)  本件規定の変更との関連の下に行われた賃金の改善状況

昭和四八年一一月、オールタケダの四社は各組合より、昭和四九年度の賃金について平均三二パーセント以上のベースアップの申入れを受け、また、それまでは生理休暇が無給とされていたアイ・テイ・アールとタケダエレクトロンの組合も会社に対し、生理休暇補償についてオールタケダの他の二社並みに有給として欲しい旨の申入れをしていたこと、オールタケダの四社は、各組合に対し、生理休暇の取得状況に鑑み、平均三二パーセントのベースアップを認める代りに生理休暇規定を新規定のとおりに変更もしくは制定する旨の申入れをしたところ、被控訴会社を除く他の三社の組合は右会社からの申入れを受諾したが、被控訴会社の組合はこれを承諾しなかつたこと、そこで、被控訴会社は、本件就業規則の変更については合意のないまま、昭和四九年度の平均三〇・三パーセントの賃金増額のみを合意内容とする協定書を組合との間で取り交わしたうえこれを実行したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

右のように、本件規定の変更との関連においては、当時の急激な経済事情の変動に対処するためとはいえ、平均三〇パーセントを超える大幅な賃金改善が行われたのであり、その結果生理休暇の補償についても、その率は基本給の一〇〇パーセントから六八パーセントに低減されたが、基礎となる賃金が大幅に増額されたため、具体的な補償額の減少は軽微に止まり、たとえば弁論の全趣旨によれば、旧規定時である昭和四八年一二月分と新規定時である昭和四九年一月分との間で、控訴人らのうち多い者で一日当たり二四八円、少ない者では一日当たり一〇三円減額したにすぎず、しかもその後の賃金増額も加わつて、間もなく(控訴人らのうち、早い者で昭和五一年一月から、遅い者でも昭和五一年一二月から)新規定による補償額が旧規定によるそれを上廻るに至つたことが認められるのであつて、補償額でみる限り、本件規定の変更は従業員にさほど大きい不利益を及ぼさなかつたものということができる。

(三)  旧規定下での生理休暇取得についての濫用の有無

被控訴会社設立の翌月の昭和四六年七月以降本件就業規則変更の前月である昭和四八年一二月までの同会社の女子従業員の生理休暇の毎月の取得日数は別紙6のとおりであり、控訴人らの具体的な取得日は別紙7のとおりであることは当事者間に争いがなく、これによれば、右の期間における被控訴会社の女子従業員全員の平均生理休暇取得率は八一・六パーセント(年二四日取得した場合を一〇〇パーセントとして。)であり、本件変更直前一年間における年間一回以上請求した者の割合は一〇〇パーセント、年間平均休暇回数(但し、一年を通じて取得する機会すら有しなかつた四名については除く。なお、右四名の取得率は各回二日づつで一〇〇パーセントである。)は九・一四回、年間平均休暇日数は一五・四二日(同右)、一回の平均休暇日数は一・六八日(同右)に達すること、また、右二年半の間における控訴人らの生理休暇取得状況を仔細に検討すると、休暇が土曜及び日曜等の休日に接続して取得されている回数は全取得回数の約六割に近いことが明らかである。

これに対し、成立に争いのない乙第一ないし第四号証、第八号証、前掲甲第三二号証、当審証人水谷速雄の証言により成立の認められる甲第三七号証、第三八号証、原審証人鎌野泰彦の証言並びに弁論の全趣旨によれば、右二年半の間におけるオールタケダのうち被控訴会社を除く他の三社の女子従業員の生理休暇の請求の割合は、タケダ理研がおおよそ二〇パーセント、他の二社がおおよそ三パーセント程度であり、労働省の女子保護実施状況調査による生理休暇実施状況は、昭和四八年において、生理休暇を年間一回以上請求した者の割合は二一・二パーセント、年間平均休暇回数六・五回、年間平均休暇日数九・二日、一回の平均休暇日数一・四日、被控訴会社のように従業員五〇名程度の企業では、右各項目はそれぞれ一〇・六パーセント、六・三回、七・五日、一・二日であり、同じく産業別にみた生理休暇実施状況は、被控訴会社のような製造業における右各項目はそれぞれ二二・二パーセント、五・九回、八・五日、一・四日であり、同年の前後数年における右各項目の数字もそれぞれおおむね昭和四八年におけるそれに近いものであること、被控訴会社の組合を初めとする若干の労働組合の調査では右各数字を上廻るものもあるが、それでも控訴人らが取得している程高い程度のものはないことが認められ、これに反する証拠はない。

次に、労働基準法六七条(昭和六〇年法律第四五号による改正前のもの。以下同じ)によれば、生理休暇は、「生理日の就業が著しく困難な女子又は生理に有害な業務に従事する女子」が請求できるとされており、これを受けて規定された被控訴会社の就業規則(このことは弁論の全趣旨により認められる。)上も右二つの要件は生理休暇の取得に際し必要と解されるところ、控訴人らの年齢(昭和四九年七月三日現在のそれ)、既婚未婚の別、子供の有無、控訴人篠田、同大野を除いた他の控訴人らの担当業務が被控訴人ら主張のとおりであることについては当事者間に争いがなく、原審証人鎌野泰彦の証言によれば、控訴人篠田及び同大野の担当業務は資材の部品、ロット組みの集計等であることが認められ、右によれば、右控訴人両名及び控訴人新井田の三名を除いた他の控訴人らの担当業務はいずれも事務職であり、右三名のそれも、製品検査、資材関係の業務であり、控訴人らが労働基準法六七条、女子年少者労働基準規則一一条にいう「生理に有害な業務」に従事していたことを認めるに足りる証拠はない。

なお、前掲甲第三二号証、第三三号証、成立に争いのない乙第一一号証の二、当審証人武村晴正の証言によれば、生理日は通常数日間(三日ないし七日間)続き、その日数の長短及び生理時の苦痛の程度は各人によつて異なるが、一般的にみると、生理日の就業が著しく困難な者の割合は二割を超えることはなく、しかもその症状は未婚者等の若年女子に比較的多くみられ、結婚や妊娠等により自然に消失することが多いことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

ところで、生理休暇の請求に際して、真に就業が著しく困難であるかどうかにつき逐一医師の診断書を徴することは、生理自体の性質等に照らして実際上困難ないし不相当であり、だからこそ請求があれば使用者は請求どおりに休暇を認める実務慣行に乗じて、就業が著しく困難でないにも拘わらず生理休暇を請求して取得するなどの濫用は厳に慎しむべきことであり、この点は女子従業員の自覚と良識に委ねられているというべきである。しかるに、先にみた控訴人らの生理休暇の請求(取得)割合は、関連会社や一般企業のそれに比して際立つて高く、その他右請求(取得)の具体的内容や生理自体の性質等前記の諸事情をも合わせ考慮すると、控訴人らは、請求しさえすれば取得しうるという実務慣行に乗じて、真に生理により就業が著しく困難な場合でないときにも生理休暇を請求し、取得していたと推認されるのであつて、有給生理休暇の濫用があつたものといわざるをえない。

ところで、このように生理休暇取得についての濫用が推認された場合においても、濫用の疑いのある女子従業員について個別的に調査、検討を加えたうえ、その抑制を図ることは、前にも触れたように事柄の性質上困難ないし不相当であつて、必ずしも適切有効な方法とはいえないうえ、本件の場合、先にみた被控訴会社女子従業員の生理休暇の請求、取得状況からすると、右従業員のほぼ全員について濫用の事実が推認されるのであるから、それらの事情を勘案すると、被控訴会社において、右濫用の事実が推認されることを踏まえたうえ、有給生理休暇における補償額を基本給の一〇〇パーセントから六八パーセントに押さえ、その取得制限日数を年二四日よりも休暇の管理が容易な月二日に改めることを内容とする本件就業規則の変更に及んだことは、社内規律の保持及び従業員の公平な処遇のため必要な措置であつたということができる。

(四)  組合との交渉の経過

前記(二)の争いのない事実、成立に争いのない甲第八号証、第一一号証、第一六号証、第四九号証、乙第一五号証の一ないし四、当審証人水谷速雄の証言により成立の認められる甲第四五号証、第六四号証、原審証人鎌野泰彦、原審及び当審証人水谷速雄の各証言によれば、控訴人ら女子従業員の間で生理休暇取得につき濫用があると考えた被控訴会社は、オールタケダ全体を公平に扱うという観点からみると、右の休暇を取得している者としからざる者との間に不公平、不平等があるのでこれを是正すべく、昭和四八年一一月六日組合に対し、所定日数の生理休暇を取得しなかつた者に手当を支給することを内容とする生休平等化調整加給制度の新設を提案したが、組合からの反対もあつたうえ、その適法性に疑問が生じたため、これを撤回したこと(右の提案と撤回の点は当事者間に争いがない。)、その頃オールタケダの四社は、各組合より賃上げの要求を受け、また、生理休暇が無給であつたアイ・テイ・アールとタケダエレクトロンは各組合から他の二社並みに有給として欲しい旨の申入れを受けていたが、右四社は各組合に対し平均三二パーセントのベースアツプを認める代りに生理休暇規定を新規定のとおりに変更もしくは制定する旨の申入れをしたところ、被控訴会社を除く他の三社の組合は右の申入れを受諾したが、被控訴会社の組合はこれを承諾しなかつたこと、そこで、その後被控訴会社と組合との間で右生理休暇の変更及びベースアツプについての団体交渉が続けられ、同年一二月六日には、被控訴会社は組合に対し、本件就業規則の変更を同月一六日付で行いたいから組合としての意思を同月一〇日午前中に提出するよう求める旨の申入れをしたが、組合はこれに応じなかつたので、同月一七日右の変更については合意に至らないまま昭和四九年度のベースアツプのみについて協定書が取り交わされ、実行されたこと、そして、その後も右の変更に関し右両者間で数回にわたつて団体交渉が続けられたが、前記のように不公平、不平等を主張して右変更を是非とも実行しようとする被控訴会社と、右の不公平、不平等の存在を否定し右の変更には絶対に応じられないとする組合との意見の調整は困難となり、被控訴会社は昭和四九年一月二二日再度組合に対し、同月二三日までに右変更についての意見書を提出するよう申し入れ、これに対する右変更に強く反対する旨の組合の右同日付申入書を添付したうえ、右同日浦和労働基準監督署長に対し本件就業規則変更の届出をしたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によれば、両者の意見があくまで平行線を辿り、調整が困難な状況にあつたのであるから、右にみた程度の両者の交渉ののち、組合の承諾がもはや得られないとしてその合意を得ないまま本件変更に及んだ被控訴会社の措置は、やむを得ないものと認められる。

(五)  被控訴会社においては、生理休暇をとつた場合にも出勤率加給及び賞与の算定にあたつて欠勤、遅刻、早退とみなさない取扱いであることは当事者間に争いがないところであるから、生理休暇をとることについて被控訴会社は相当の配慮をしていることが窺える。

(六)  なお、いずれも成立に争いのない乙第五ないし七号証、当審証人武村晴正の証言によれば、我が国の生理休暇制度は、先進国であると発展途上国であるとを問わず、諸外国にほとんどその類例をみないものであり、近年、その医学的根拠の有無等を巡つて医学者等の識者の間でも論議が行われるようになり、依然その必要性を唱える医学者らがいる反面、これに強く反対する識者も少なくなく、労働大臣の諮問機関である労働基準法研究会は女性を含めた特別専門委員会を設け二年間程検討を行つたうえ、昭和五三年一一月二〇日、全委員一致の結論として、要旨「生理休暇制度には医学的根拠がなく、雇用機会と待遇を男女平等に確保するという観点からも本来廃止すべきである。生理的に就業が困難なものは月経困難症という疾患であり、適切な指導を受けるよう指導することが大切である。ただ、この制度は三〇年間の実績があり、関係者の十分な理解を得つつ解決するのが望ましい。」との報告を行つたことが認められ、これに反する証拠はない。

以上(一)ないし(六)に認定説示した諸事情を総合勘案すると、本件就業規則の変更は、その内容及び必要性のいずれの面においても、十分な合理性(その変更が従業員にとつて不利益なものであるにかかわらず、これを一方的に実施適用することを正当とするに足りるだけの理由)を備えるものということができる。

3  したがつて、本件就業規則の変更は控訴人らにとつて不利益なものではあるが、右変更が合理的なものである以上、控訴人らにおいて、これに同意しないことを理由としてその適用を拒むことは許されず、控訴人らに対してもその効力を及ぼすものといわなければならない。

五  したがつて、新規定の適用がないことを前提とする控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

よつて、右と趣旨を同じくする原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条後段、九五条、八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村岡二郎 佐藤繁 鈴木敏之)

別紙1~7〈省略〉

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